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   <title>“Save the 下北沢”スタッフブログ</title>
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   <updated>2008-04-09T14:55:09Z</updated>
   <subtitle>“Save the 下北沢”のメンバーがシモキタ路地の片隅で起こった小さな小さな出来事からビッグな海外イベントレポートまで、とにかく何でも書いてしまいます。</subtitle>
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   <title>「シモキタな日々」アクセス数激減！！</title>
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   <published>2008-04-09T14:47:51Z</published>
   <updated>2008-04-09T14:55:09Z</updated>
   
   <summary>こんにちは！元代表の金子です(笑） 実は諸般の事情で先月の3月2日をもって代表を...</summary>
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      <![CDATA[こんにちは！元代表の金子です(笑）

実は諸般の事情で先月の3月2日をもって代表を辞任したので、
“Save the 下北沢”のトップページからのリンクは削除しましたが、個人ブログとして「<a href="http://stsk.exblog.jp/">シモキタな日々</a>」は細々と継続しています。

代表を辞任して依頼、アクセス数は激減、なんと一時はコンスタントに90人代をマークしていたのが、その後は減る一方。ここのところは30人代そこそこになリ下がっています。

実は先日南口商店街会長の吉田國吉さんに新しいミニコミ誌「路字」の創刊準備0号をもってごあいさつに伺い、辞任の事情などについて説明した時「シモキタな日々、読むの楽しみにしていたのに、なくなって残念！」といわれ、なるほど、そういう人多いのかもってやっと気づきました。


みんな～ぁ、おわってねーぞ！！

SHIMOKITA LOVES ME (NATURALLY)　もろパクリ(笑)

そう、俺もシモキタもそんな簡単には終われないのだ。


<div align="center"><a href="http://stsk.exblog.jp/"><img src="http://stsk.net/img/bnr_kenzo.jpg" /></a></div>



（金子）]]>
      
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   <title>3/29 国立ツアーレポート</title>
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   <published>2008-04-06T14:02:56Z</published>
   <updated>2008-04-06T14:35:49Z</updated>
   
   <summary>石坂えです。 3月29日（土）、セイブのメンバーを中心に東京都国立市を訪れ、前国...</summary>
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      <![CDATA[石坂えです。

<div style="float:right; margin:5px;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/yazaki%20117.jpg"><img alt="yazaki%20117.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/yazaki%20117-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a></div>

3月29日（土）、セイブのメンバーを中心に東京都国立市を訪れ、前国立市長の<a href="http://www.ueharahiroko.net/u/index.html">上原ひろ子さん</a>に国立の街を案内していただきました。

参加者：15名＋上原さん、重松朋宏さん（国立市議会議員）
 
上記の大所帯での移動になりました。
 
国立南口に降り立つと、桜桜、そして人人、この時期は、桜観光の人々が、たくさん見えられるそうです。
 
マダムひろこの説明にうんうんと納得の面々、それにしても桜の美しさに心を奪われる私でした。
 
この季節は、朝出かける時と夜帰った時のまちの景色が違うのよ！とうえはらさん。
 
一橋大の構内は、洋風の建物が美しく立ち並び、建物の飾り等もマダムひろこが丁寧に説明をしてくださり、今年卒業をしたばかりの松永君も知らなかった！こんな講義があったらよかったのに・・・との話になりました。
 
大学通りの箱庭の部分は、西武のオーナーから借りているもので、まちの人のボランティアで、手入をしているとのこと。
 
この通りはその昔、滑走路として使われたこともあるそうです。
 
<div style="float:left; margin:5px;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/yazaki%20125.jpg"><img alt="yazaki%20125.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/yazaki%20125-thumb.jpg" width="200" height="150" /></a></div>低層の住宅と44メートル幅の大学どおりにひときわ違和感のアル建物、それが明和マンションでした。
 
あの景観権をめぐり争った市民運動家の方が、私達に「さようなら大ちゃん」という絵本をプレゼントしてくれました。マンションがたつ事により自然が奪われる・・・。という本です。
 
そして、まちの　とある一軒の家には、マンション反対のポスターがはられていました。
 
まち歩きをしているうちに井の頭線の人身事故で電車にとじこめられていた木村さんが到着、矢崎さんも合流して、後半のまち歩きを堪能しました。
 
5時からは、お待ちかねの打ち上げ、一人ずつ長い、短い、人それぞの自己紹介をしつつ、飲んで食べました。
 
遅れて、市議会議員の重松さんが到着、わかいけれどとても良く働く議員、と国立に住む私の友人が応援をしているそうです。
 
そこへいつもセイブのPC関係で活躍をしている横ゆりちゃんが合流、彼女のお父さんは隣の立川市民ですが、上原さんのファンで、タバコは国立で買うことにしている、そうすると国立の利益になるから・・・という話、そしてこのお店のマスターは、前国立市長が来るというので緊張をして、お料理を作られたそうです。
 
どこにいってももてるマダムひろ子でした。
気さくで、足が地に着いている前国立市長の上原さんに『感謝！」
の一日でした。
 
素敵なポスターや、かわいい絵本等、生活の中から、やさしく解りやすく、訴えかける国立の市民運動、私もがんばろ！と思いました。

（石坂え）]]>
      
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   <title>小田急線地下トンネル見学１～下北沢駅の地下道～</title>
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   <published>2008-03-08T06:34:18Z</published>
   <updated>2008-03-08T06:49:57Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。だいごです。 2月23日の土曜日、小田急線の地下化工事の見学会があり...</summary>
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         <category term="シモキタの小ネタ。" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[こんにちは。だいごです。

2月23日の土曜日、小田急線の地下化工事の見学会がありました。
今回は、環七の下にできた小田急線の地下トンネルを歩けるという、なんだかタモリクラブを感じさせる貴重な機会でした。

企画したのは、世田谷代田のまちづくりに取り組むSAP。
SAPというのは、「世田谷代田を住みよく安心なまちにしよう！プロジェクト実行委員会」の略称だそうです。

S.A.P.
<a href="http://street-daita.main.jp/hekiga/top.html">http://street-daita.main.jp/hekiga/top.html</a>

その前に、下北沢駅に地下道があったってご存知でした？
僕も知らなかったのですが、昔は北口と南口をつなぐ、地下道が存在していたそうなのです。

知られざる地下世界が下北沢に…
なにやらロマンを感じさせるお話。
もしもまだあるのなら、小田急線の地下化工事でなくなってしまう前に、ぜひとも見ておきたいと思っていました。

]]>
      <![CDATA[場所は、今はなくなってしまいましたが、石丸電気を下った突き当たりから入り、これも今はない小田急トラベルのあたりに出るのだそうです。

世田谷代田へ行く電車待ちの時間に駅のホームからみてみると、小田急トラベルがあったあたりに、それらしき痕跡がありました。

<div style="text-align:center;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/odakyuchika01.jpg"><img alt="odakyuchika01.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/odakyuchika01-thumb.jpg" width="400" height="300" /></a></div>


矢印で示したところが、地下から上ってくる傾斜に見えます。
残念ながら埋められてしまった様子。


<div style="text-align:center;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/odakyuchika02.jpg"><img alt="odakyuchika02.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/odakyuchika02-thumb.jpg" width="300" height="400" /></a></div>


地下道があったであろう方向から撮ると、こんな感じになります。
柵の向かい側には公衆トイレ、さらにその先に井の頭線の土手があります。

きむらけんさんのサイトにも載っていました。
<a href="http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/51171489.html">http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/51171489.html</a>

後で、見学会に参加された方のお話を聞いたところ、
「昔、大雨が降って、その水が石丸電気の坂から地下道に流れ込んで水没し、地下道が使われなくなった」
ということでした。

反対側の北口の方には公衆電話があり、
ゴミ捨て場などに利用されているようでした。


（だいご）]]>
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   <title>雪のシモキタ　2008/02/09</title>
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   <published>2008-02-17T12:54:44Z</published>
   <updated>2008-02-17T13:06:59Z</updated>
   
   <summary>交番 雪のスズナリ 雪道 （おすぎ） ...</summary>
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         <category term="雑談" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      <![CDATA[<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/snow_01.JPG"><img alt="snow_01.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/snow_01-thumb.JPG" width="400" height="266" /></a><br />交番</div>

<br />

<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/snow_02.JPG"><img alt="snow_02.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/snow_02-thumb.JPG" width="400" height="266" /></a><br />雪のスズナリ</div>

<br />

<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/snow_03.JPG"><img alt="snow_03.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/snow_03-thumb.JPG" width="400" height="266" /></a><br />雪道</div>


（おすぎ）


]]>
      
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   <title>羽根木公園の梅まつりについて（ ゆりごま）</title>
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   <published>2008-02-12T15:13:32Z</published>
   <updated>2008-02-16T03:19:29Z</updated>
   
   <summary>こんにちは。ゆりごまです。 毎日寒いですが、こないだ、散歩中に梅の花が咲いてるの...</summary>
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      <![CDATA[こんにちは。ゆりごまです。
毎日寒いですが、こないだ、散歩中に梅の花が咲いてるのを見つけてほくほくしました。

さてさて、おすぎさんが梅の写真を掲載したので、羽根木公園について勝手に補足です。この公園は、下北沢駅から2駅隣の京王井の頭線「東松原駅」、もしくは小田急線「梅が丘駅」のすぐそばにあります。下北沢からだと、てくてく歩いたら20分ほどでしょうか。

羽根木公園の梅の花は毎年見物で、2月は約1ヶ月にわたって「<a href="http://www.city.setagaya.tokyo.jp/040/d00010556.html" target="_blank">せたがや梅まつり</a>」が開催されています。

週末に訪れるとお店が色々出ていて、けっこうにぎわいます。食べたことがないのですが、梅まんじゅうというのが名物のようです。あとは、公園内にある茶室で抹茶をごちそうになったりも出来ます。散歩日和な日に行くと本当に気持ちがいいですよ。


あ、世田谷区のサイトに羽根木公園の梅開花情報を発見。

<a href="http://www.city.setagaya.tokyo.jp/020/d00016394.html">http://www.city.setagaya.tokyo.jp/020/d00016394.html
</a>
なんか妙に力をいれてますね、世田谷区・・・。

（ゆりごま）]]>
      
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   <title>おすぎの羽根木公園梅情報 2008/02/11</title>
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   <published>2008-02-12T14:54:29Z</published>
   <updated>2008-02-12T15:13:27Z</updated>
   
   <summary>実は数本だけしか咲いてない・・・。 ぜんぜん咲いてない・・・。 貴重な咲いてる梅...</summary>
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      <![CDATA[<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/01.JPG"><img alt="01.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/01-thumb.JPG" width="400" height="266" /></a><br />実は数本だけしか咲いてない・・・。</div>

<br />

<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/02.JPG"><img alt="02.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/02-thumb.JPG" width="400" height="266" /></a><br />ぜんぜん咲いてない・・・。</div>

<br />


<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/03.JPG"><img alt="03.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/03-thumb.JPG" width="400" height="266" /></a><br />貴重な咲いてる梅さん</div>

（おすぎ）


]]>
      
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   <title>Save the  下北沢 Night Vol.4 レポート （浅輪）</title>
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   <published>2008-02-11T09:39:27Z</published>
   <updated>2008-03-02T10:30:53Z</updated>
   
   <summary> 雪の中、アスファルトの黒い夜道が白く変わった頃、「Save the 下北沢 N...</summary>
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      <![CDATA[<div align="center"><img src="http://www.stsk.net/news/080209flyer-webmini-thumb.jpg" border="0" /></div>

雪の中、アスファルトの黒い夜道が白く変わった頃、「Save the 下北沢 Night Vol.4～あゆむ街」が始まった。
 
文化発信基地としての下北沢という特徴を守り続けると誓うお店、Never Never Landの新しいオーナーにSave the 下北沢代表の下平氏が就任されるのを祝ってだ。
 
そこで私が思ったのが、音楽だけ、芝居だけ、とかいうのではなく、下北沢の文化の特徴として色々な異業種が集まってまさに異文化交流する、そのミクスチャーの中から、新しい刺激的な文化が、それぞれの違う分野において出てきている、という特徴だった。
 
私は、音楽だけでなく、トークや、映像やダンスやいろんなものの混じったイベントを行いたいと言った。また、ゲストを呼ぶだけでなく、Save the 下北沢のメンバーだけでこれだけの催しができる、というのも示したかった。
 
そして、まさに異文化交流ともいえる "Save" のメンバーのみを中心としての、音楽と映像の集まりという企画が生まれたのだ。
 
]]>
      <![CDATA[オープニングは浅輪がんぽお＝私に、パーカッションの葛飾ボンゴロウが加わったDuo。当日風邪をひいてしまっていた私は、頭の中がぐっちゃぐちゃ。最初の数曲は、かなり不満が残ったが、3曲目の途中で、マイクスタンドをギターで張り倒すハプニング！それからはやけくそ状態。それなりのハイテンションで最後まで持っていけた。ま、楽しければいいじゃない・・・共演の葛飾さんともぴったりあっていたし。
 
その次に映像。機材の関係で当日上映順番が代わったが、2番目に流されたのが、現在上映中のドキュメンタリー映画『<a href="http://tokyo-soda.com/" target="_blank">東京ソーダ水</a>』の予告編。そして飯塚監督ご本人のご挨拶。映画に出演している "Save" メンバーの荒木さんも並ぶ。東京に住む8人の女性の人生が変わった瞬間をとらえた映画。しかし、その予告編の中でもなぜか下北沢商業者協議会の大木さんの姿が一番目立つ。
 
その大木さんに密着した新作ドキュメンタリーが本編の須藤監督『あゆむ街』だ。開始時間の2時間前まで編集をしていたというまさに出来立て。その甲斐あってか、最後まで本当に面白く見ることが出来た。下北沢の新しい文化の流れと、古い伝統文化の流れが絡み合う展開。
 
映画の中で「再開発されたコンクリートのビルだって、その場で育った子供には、それが故郷の風景となるだけだよ。」というような意見が発されていた。それに戸惑う須藤監督。それに映画は答えていたのだろうか。
 
問題は、どんな場所に育つかということではない。どんな場所に育つかということが、市民には「コントロール」できなくなってきている、ということが問題なのだ。現実は、一部の利権業者や官僚が、人々が住み、交流し、楽しみ、働く場所の開発を「コントロール」している。それが問題なのだ。結果としてどういう建物が建つか、どういう街ができるかではない。だれが「コントロール」するのが本当の「あゆむ街」なのかということ、それこそがこの映画の焦点なのだ。
 
映画の感動を胸にしたまま、バンド志田歩＆Teazerが続く。パーカッションが木製の床に心地よく響く。エネルギーのかたまりのような志田さんの曲の数々、踊り始める人が出る。動物園でしかライオンを見たことがなかった私にとっては、彼のニューアルバム名「最後のライオン」ではなくて、初めて本当のライオンを見たような気分だった。
 
最後には、Save the 下北沢のサポートソングでもある「アモーレ下北沢」を合唱。風邪薬にアルコールが注ぎ込まれ、半トランス状態となっていた私は、拡声器を持ってはちきれていた。
 
そこで、今回のチラシに素敵なイラストを書いてくれたカエコムが花束を持って舞台に登場。バラの花束を手にした下平さんが最後にソロ演奏。ナイロンガットで甘いラブソングを披露。どれも、スタンダードになっていてもおかしくない美しいメロディのオリジナル。本当にすばらしい夜を見事に締める。
 
最後に、アンコールがアルコールに溶けていく頃には、雪はやんで、白く染まった道には轍が残っていた。
 
（浅輪がんぽお）]]>
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   <title>勉強会をやりました【その5】</title>
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   <published>2008-02-10T08:36:37Z</published>
   <updated>2008-02-10T09:42:50Z</updated>
   
   <summary> 「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」をテーマとして開催した 勉強会の報告です...</summary>
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   </author>
         <category term="勉強会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      <![CDATA[<div style="padding:5px; margin:5px; border:1px solid #CCC; background-color:#F2F2F2">
「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」をテーマとして開催した<br />
勉強会の報告です。<br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/1.html">【その1】はこちらからご覧ください。</a><br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/2.html">【その2】はこちらからご覧ください。</a><br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/3.html">【その3】はこちらからご覧ください。</a><br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/4_1.html">【その4】はこちらからご覧ください。</a>
</div>


<br />

5．下北沢の小田急線地下化跡地はどうなるの？

<strong>◆小田急線跡地は公共利用が優先</strong>
小田急線の地上部分は小田急電鉄が勝手に利用計画を立ててよいものだ、と思っている人が圧倒的に多いと思います。しかし、（*）小田急線の連立事業は税金（道路特定財源）や乗客への上乗せ料金、超低利の公的融資を使って行われる都市計画事業であり、公共事業なのです。
<div style="font-size:10px;">（*）この事情については、「<a href="http://www.shimokita-action.net/archive/shimokita_news004.pdf">まもれ！シモキタ通信　4号</a>」に掲載した「小田急線連立事業は公共事業　跡地利用は行政＝市民にあり」をお読みください。</div>

公共事業である以上、敷地の利用方法にはルールが定められています。連立事業をつかさどるルールは国が定めた「建運協定」（都市における鉄道と道路の連続立体交差に関する協定）に基づいています。

この「建運協定」によれば、跡地のうち在来線部分の15％分の面積は、鉄道事業上不可欠な用地は除いて公共側（都、国、世田谷区）が自由に使え、そのほかは複々線部分も含めて使用料を払うことを条件に、公共側が優先使用できることになっているのです。


<strong>◆行政は跡地に何を作ろうとしているのか？</strong>
2000年の東京都の調査報告書は2003年10月に開示されましたが、この調査報告書には、小田急線の地下化後の跡地利用について、いくつかの事項が書き込まれています。

まず、巻末には小田急線の跡地上に幅広い緑道を取る絵が書き込まれています。また、鉄道跡地の利用計画として、「地域行事のイベント広場の整備、情報受発信基地としての創作広場、この創作広場には演劇の町の一環を担う野外劇場」という記述もなされています。さらには、「駅前広場及びその他の地下部分に耐水性貯水槽の設置」ともかかれています。

また、下北沢駅整備イメージ図には、下北沢駅から鎌倉通りにかけてと駅から茶沢通りにかけて、「モール型商店街の誘導」と書かれていることも特筆すべきでしょう。


<strong>◆行政は、今こそ、すべてを明らかにして、転換を</strong>
行政が跡地利用の方法について、区民に対してオープンに議論をしてこなかったことは問題です。行政は小田急線連立事業や下北沢の街づくりにおいて、権力の甘い汁をちらつかせ、あるいは権力を笠に着て情報を操作し、あるいは行政情報をうのみにすることを強いてきました。このような姿勢を転換させることが何よりも必要です。既に手に入れた基礎調査報告書などの基礎資料を市民側が十分読み込んでお役人と時間の制約なく話し合えば、真実はおのずとわかるはずです。ごくまっとうな手続きさえ区の役人が保証すれば、下北沢の街づくりの問題は方向性が見えてくるはずです。役人のこれまでの誤りはすでに集めた各種資料でも明らかですが、このことは裁判を通じてより明らかにされ、行政側を追い込んでいくことになるでしょう。そうであればこそ、ラウンドテーブルの可能性は、ありうるというべきでしょう。

ラウンドテーブルが実現するかどうかは、極めて政治的な状況情勢が左右することも否めません。裁判と並行して、ラウンドテーブルの可能性がないわけではありません。もし、まっとう対等な対話の場が保障されるならばラウンドテーブルはすぐ始められるし、既に跡地利用について公的文書に囲い込まれている事案を一つ一つ検討していくだけでも、行政の考え方を少なくとも理解することは出来ます。問題は小田急電鉄の望む商業施設ですが、これも情報がオープンにされた方がよいでしょう。公共側のビジョンと電鉄側のビジョン。連続立体事業での費用負担の状況、受益者負担金の根拠、そういったものを洗いざらい提示した上で、街の在り方を考えることが必要なのではないでしょうか。


【関連サイト】
シモチカナビ：<a href="http://www.shimochika-navi.com/">http://www.shimochika-navi.com/</a>
（小田急電鉄による、地下化工事の情報提供サイトです）


<div align="center"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/PA290016.JPG"><img alt="PA290016.JPG" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/PA290016-thumb.JPG" width="300" height="225" /></a></div>
※写真は、小田急線地下化工事の模様です。


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以上で、5回にわたってお届けしてきた「第一回勉強会」のご報告は終わりです。

その後も、下北沢再開発問題や市民運動について、一歩踏み込んで研究する勉強会を連続して行っています。

次回の勉強会は、下北沢再開発問題のこれまでの市民運動の経緯や運動の主張について分析するものになります。「セイブ・ザ・下北沢」に所属する社会学系の大学生・大学院生が執筆した卒業論文・修士論文の発表会も兼ねています。

今回の勉強会は、下北沢の古本カフェ「気流舎」で行います。
どなたでもご参加できますので、ご興味をお持ちの方は是非お越し下さい。

日時：2008年2月16日（土）午後7時〜9時半
会場：気流舎　<a href="http://www.kiryuusha.com/">http://www.kiryuusha.com/</a>
（<a href="http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=35/39/17.132&el=139/40/14.563&scl=10000&bid=Mlink">地図はこちら</a>）
料金：無料（ワンオーダーお願いします）
（参加を希望される方は、事前に<a href="mailto:info@stsk.net">info@stsk.net</a>までご連絡ください。）


（くやま）

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   <title>環七全面封鎖</title>
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   <published>2008-01-29T10:35:57Z</published>
   <updated>2008-01-29T12:53:04Z</updated>
   
   <summary> こんにちは。スタッフのだいごです。 目に見えて進んでいく小田急線の地下化工事。...</summary>
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         <category term="シモキタの小ネタ。" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
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      <![CDATA[<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/200801setagayadaita.jpg"><img alt="200801setagayadaita.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/200801setagayadaita-thumb.jpg" width="350" height="232" /></a>


こんにちは。スタッフのだいごです。


目に見えて進んでいく小田急線の地下化工事。
1月20日の午前１時頃、世田谷代田駅の付近で、
環七を全面封鎖して鉄道用の橋を架けるというので、
寒いなか、見に行ってきました。

ザッキー隊長と駅に着くと、
酔っ払ったお杉さんがカメラを持ってきてくれていました。

橋の南側にある歩道橋には、寒いのに人が結構いました。
歩道橋以外の周りも含めたら、30～40人くらいいたかもしれません。

着いたときは、環七の外回りの一車線を通行止めにしていて、
のろのろと橋が伸びてきているところでした。
それが一段落するとしばらく動かなくなって、
そのうち、ぞろぞろとヘルメットをかぶった
工事の関係者が電車の止まった線路へ出てきました。
見物するには特等席です。

あっちこっち移動しているうちに、環七が全面通行止めになり、
迂回路へ車がまわされるようになりました。
迂回できない大型車は、工事が終わるまで通せんぼされています。

いつのまにかまた、のろのろと少しづつ橋が伸びてきました。
なんとかいい写真を撮ろうとあっちこっち移動してパシャパシャ。
小田急の撮影チームらしき人もいて、テレビカメラを持っているのに、
みなさん頭にはヘルメット。なんかへんてこな姿です。

よくみると、交通整理のお兄さんがすごい頑張ってる。
動きがすごくきびんです。工事より気になったりしつつ、
そうこうするうちに、すっかり橋が架かりました。

ただ、この橋は、先っぽの方は本当に使う橋じゃなくて、
軽く作られており、あとで切り離す部分のようでした。
本当の丈夫な橋は、後ろについていて、軽い橋を利用して、
さらに伸ばして行くようです。

すっかり体も冷えてしまったので、
環七沿いのラーメン屋に行って休憩しました。

小田急線の工事の様子は、シモチカナビというウェブサイトで公報されています。
興味のある方はご覧下さい。

シモチカナビ
<a href="http://www.shimochika-navi.com/">http://www.shimochika-navi.com/</a>



（だいご）]]>
      
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   <title>今年の抱負 ： うちだ編</title>
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   <published>2008-01-26T20:25:43Z</published>
   <updated>2008-01-26T20:35:03Z</updated>
   
   <summary>こんにちわ   私は、去年長崎から上京してSave the 下北沢に参加させてい...</summary>
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         <category term="スタッフ紹介" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      こんにちわ
 
私は、去年長崎から上京してSave the 下北沢に参加させていただいています。メンバーのうちだです。

初めて会議に参加させていただいた日、気合が入り過ぎて14時からなのに12時にタウンホールに着いてしまいました。
　　　　
タウンホールからは、新宿のビル、東京タワー、羽田空港の飛行機
私のイメージしていた東京が窓から見ることができ、
私はとても感動しました。
　　　　
　　　　　
一度も来たことがなく、行きたいと思っていた下北沢が今年は電車で行くことができ、頻繁に足を運ぶ様になり、Save the 下北沢に参加して、人と人とのつながりを作ることができました。　　　
　　　　　
思い続けてたらきっと叶うんだ！と、去年を振り返り、改めて思いました。
そして、今年もどんな時も諦めない人になろうと思いSave the 下北沢に参加させていただこうと思います。


（うちだ）
      
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   <title>勉強会をやりました【その4】</title>
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   <id>tag:www.stsk.net,2008:/activity/staffblog//1.16</id>
   
   <published>2008-01-26T07:26:35Z</published>
   <updated>2008-01-26T07:37:03Z</updated>
   
   <summary> 「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」をテーマとして開催した 勉強会の報告です...</summary>
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         <category term="勉強会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      <![CDATA[<div style="padding:5px; margin:5px; border:1px solid #CCC; background-color:#F2F2F2">
「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」をテーマとして開催した<br />
勉強会の報告です。<br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/1.html">【その1】はこちらからご覧ください。</a><br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/2.html">【その2】はこちらからご覧ください。</a><br />
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/3.html">【その3】はこちらからご覧ください。</a>

</div>


<br />

4．高架再開発計画と世田谷区

<strong>◆小田急線の高架計画をあおった川上委員会</strong>
小田急電鉄が下北沢の高架計画のパンフレットまで作って、高架計画を推進しようとしていた1985年頃、世田谷区も小田急線の意向に沿い、高架計画を推進しようとしていたのです。

1986年、世田谷区は東大教授で全国の連立事業に深くかかわっている川上秀光氏を委員長に「小田急沿線街づくり協議会」（通称・川上委員会）をつくり、同年10月には中間報告を、1987年6月には最終報告をまとめています。

この調査報告書は下北沢の街づくり計画の検討を主軸に行い、地下化の可能性も匂わせながら、全体的には「東北沢駅・喜多見駅間の地下鉄化は高架化の1.4倍から1.6倍の費用がかかる」という結論を出し、「高架化やむなし」の世論をつくろうとしていました。

1987年4月には東京都実施の連立事業調査が始まりました。この調査が秘匿されることになるのとは裏腹に、川上委員会の報告書は広くばらまかれて、世田谷区民や区議会の世論づくりに利用されました。

<br />

<strong>◆以西のみ高架とし大規模再開発のターゲットを経堂駅に移す</strong>
川上委員会のレポートの効果は絶大でした。それまで区議会は公式には「地下化推進」でしたが、当時の革新勢力も含めて、高架化やむなしの方向に世論は誘導されていきます。そして、下北沢地区は切り離され、第3セクター・東京鉄道立体株式会社の高架での事業方針を追認する形で、全会派が梅ヶ丘駅から成城学園駅手前（なぜか、成城学園駅付近のみ地下化）までの高架化を容認することとなっていくのです。

後に全面的に開示された調査報告書を読めば、川上委員会の報告書は下北沢の地下化への転換をも示唆していたことがよくわかります。

ここに下北沢地域の運動の栄光と暗展が隠されています。下北沢地区の根強い運動に譲歩し行政は下北沢地区では地下化方針に転換しました。しかし同時に、行政は当面の超高層再開発の拠点を経堂駅周辺地区に切り替えたのです。

<br />

<strong>◆地下化への転換を隠して12年</strong>
しかしながら、この転換を行政は下北沢の商店会や町会にさえ、公式には伝えることはできませんでした。なぜならば、行政は地下化は無理であると言い続け、地下化でまとまっていた世論に分裂をもたらした張本人であったからです。

以後、下北沢の鉄道の構造形式については、公式には「未定」ということになったわけです。ですので、本来なら下北沢の小田急線事業が地下化に決まった時期から上部利用についても検討されるべきでしたが、それはなされることなく今日まで来てしまいました。


<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/005_mini.jpg"><img alt="005_mini.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/005_mini-thumb.jpg" width="300" height="225" /></a>


※写真は、川上委員会のレポート。

（クヤマ）]]>
      
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   <title>勉強会をやりました【その3】</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/3.html" />
   <id>tag:www.stsk.net,2008:/activity/staffblog//1.15</id>
   
   <published>2008-01-17T12:07:14Z</published>
   <updated>2008-01-26T07:26:27Z</updated>
   
   <summary>3．小田急線高架問題の長い歴史（後編） 「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」を...</summary>
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      <name></name>
      
   </author>
         <category term="勉強会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      <![CDATA[3．小田急線高架問題の長い歴史（後編）


<div style="padding:5px; margin:5px; border:1px solid #CCC; background-color:#F2F2F2">「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」をテーマとして開催した
勉強会の報告です。
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/1.html">【その1】はこちらからご覧ください。</a>
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/2.html">【その2】はこちらからご覧ください。</a>
</div>




<strong>◆地下化隠しと運動の分断</strong>
ところで、1990年8月の第3セクターの設立にむけて、東京都は、今まで喜多見から東北沢まで一体として扱われてきた小田急線の事業のうち、下北沢地域（東北沢から世田谷代田）のみを切り離し後回しにすることを表明、下北沢については「高架か地下か未決定」とされ、高架が計画されている梅ヶ丘～喜多見の区間と切り離されて扱われるようになってしまいます。

この切り離しは、すでに下北沢地域の鉄道の地下化方針を決めた行政が、下北沢地域を切り離すことによって、梅ヶ丘駅～成城学園駅手前までの高架計画を強引に推し進めるために行った措置でありました。成城学園駅はすでに地下化を決めていましたので、下北沢地域が地下化ということが公式に決まってしまえば、間の区間を高架にするというのは誰の目から見ても不合理になるからでした。

また、高架複々線化事業は全線完成後に大量に増発する列車交通量とスピードアップがなされることによって騒音環境を劣悪なものとすることは目に見えています。下北沢地区と切り離し、地下化の下北沢地区を後回しにすれば、高架複々線区間の列車交通量もスピードアップもさほど実現できないわけですから、この区間のみの環境アセスを通すには都合がよいということになります。さらに言えば、市民運動のエネルギーを分断することも狙えるわけです。

<br />

<strong>◆「調査報告書」開示勝利と細川政権下のラウンドテーブル</strong>
市民運動の面では、1991年に梅ヶ丘駅・喜多見駅間の連立事業の「素案」説明会が始まったのを受けて、新しく「小田急線の地下化を実現する会」が結成され、地域で運動を再構成するようになります。市民運動の側は、官側が秘匿した調査報告書の公開を求め、世田谷区と東京都に対して情報開示訴訟も起こし闘うようになっていきます。連続立体交差事業を実施するときは、国庫補助のついた事業調査が義務付けられています。国が定めた「連続立体交差事業調査要綱」に従い、構造形式（高架か地下か）の費用比較や沿線の再開発計画や高架下や地下化の跡地の利用方法も含めた関連事業調査、さらには総合アセスメントを含む基礎調査をしなければなりません。1987、88年度の2カ年に行われた調査報告書を、東京都は公開しようとしませんでした。

おりしも1993年、いわゆる「55年体制」が崩壊し、細川政権が発足します。建設大臣に、社会党出身の五十嵐大臣が就任します。市民側の細川政権への要請署名運動を経て、五十嵐大臣は11月「隠している情報をオープンにして、住民と話し合うように」と東京都に勧告します。この勧告が功を奏し、年の瀬に市民側専門家と東京都がラウンドテーブルにつき高架・地下の比較検証作業を行うことが合意され、翌94年には準備作業を経てラウンドテーブルが始まろうとしていました。1月、係争中の情報公開訴訟で東京地裁は東京都に同調査報告書の基本部分についての情報開示の和解を勧告します。それを受け3月には調査報告書が公開されました。

しかし、ラウンドテーブルは開始されましたが、細川政権があえなく崩壊してしまい、意図したような形でのラウンドテーブルは露と消えてしまったのです。そして、羽田政権の成立直後、梅ヶ丘から喜多見までの高架計画は事業認可されてしまいました。

<br />

<strong>◆2つの勝利判決と司法の逆進</strong>
この認可の違法を争った訴訟が、小田急線の事業認可取り消し訴訟でした。
2001年10月3日の東京地裁判決は、環境影響を受ける周辺住民の原告適格は認めなかったものの側道の地権者に事業全体の原告適格を認めた上で、都市計画事業の違法を認定し、その取り消しを命ずるという画期的なものでした。

2審は逆転敗訴となりましたが、その後、最高裁は大法廷を開いて画期的な原告適格判決を下しました。大法廷判決は、原告適格を環境等の影響を受ける者に大幅に広げ、都市計画法を環境法として認め、役人の裁量を統制・規制する方向で書かれており、行政訴訟の大転換を予兆させるものでありました。しかしながら、大法廷判決の判例変更による原告適格拡大ののちに下された小法廷判決は、2審の高裁判決を追認し、役人の裁量を大幅に認めるというものでした。これは司法の逆進にほかなりません。

各級の判決ともニュースでも大きく取り上げられましたが、この訴訟は環境行政訴訟の最先端で争われてきた訴訟といえるでしょう。下北沢の訴訟が提訴できたのは小田急訴訟大法廷判決の原告適格の拡大に依っています。役人の裁量を法がキチンと統制・規制していく。このことを裁判所に認めさせるための法廷内外の運動が今こそ必要とされています。

<br />

<strong>◆調査報告書の下北沢部分は黒塗りだった！
</strong>1994年3月に連続立体交差事業調査報告書が公開されたというお話をしましたが、このとき公開されたのは梅ヶ丘駅から喜多見駅までの構造形式の比較という基本調査部分のみで、下北沢地域と関連事業部分は黒塗りでした。都市計画決定がまだだから、というのがその理由とされました。

しかしながら、基本部分の公開だけでも画期的なものでした。都市計画の調査段階での基礎情報の秘とくは日常茶飯事でした。これこそ、官が市民に対していつでも優位に立てる装置の一つです。黒塗りの部分があったにせよ基本部分の公開のみで裁判の和解に応じたのは、それだけでも高架計画の誤りを論証しえたからです。また、ラウンドテーブル実現を目前に、情報の取得は一刻を争っていたという事情もありました。この和解は、「勝利的和解」とマスコミ各紙から評価されました。また、ニューヨークタイムスはトップ記事でこれを取り上げ、「日本の行政の秘密の壁が崩れ始めている」と報じてくれました。

黒塗り部分は2000年に全部公開となりました。これを読むと、(*)下北沢の地下化方針は、報告書がまとめられた1989年3月にはすでに決まっていたことがわかります。
　
(*)調査報告書の結論には「下北沢地区を今後検討する地域とする」と書かれていますが、構造形式での比較検討の箇所では地下化方式を取ることが結論となっています。また、関連事業の計画は下北沢の地下化を前提として組み立てられています。

<br />

【関連サイト】
もぐれ小田急線：<a href="http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/">http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/</a>
（「小田急高架と街づくりを見直す会」ホームページ）


（クヤマ）]]>
      
   </content>
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   <title>勉強会をやりました【その2】</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/2.html" />
   <id>tag:www.stsk.net,2008:/activity/staffblog//1.14</id>
   
   <published>2008-01-12T07:10:38Z</published>
   <updated>2008-01-26T07:26:13Z</updated>
   
   <summary>2．小田急線高架問題の長い歴史（中編） 「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」を...</summary>
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   </author>
         <category term="勉強会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      <![CDATA[<strong>2．小田急線高架問題の長い歴史（中編）</strong>


<div style="padding:5px; margin:5px; border:1px solid #CCC; background-color:#F2F2F2">「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」をテーマとして開催した勉強会の報告です。
<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/1.html">【その1】はこちらからご覧ください。</a>
</div>


<strong>◆大規模再開発事業としての連続立体交差事業</strong>
美濃部都政時代は世田谷区議会の地下化決議もあって、計画は止まっていましたが、1979年に鈴木都知事にかわり、1982年に中曽根首相の時代になると、小田急線を高架にしようという動きは再び活発になります。1985年のプラザ合意を背景とした内需拡大を求める風潮のなかで、政府の資金を公共事業に回そうとする動きがさかんになったためです。

当時、都内の私鉄の在来線全線を立体化・複々線化し、都心から近郊にかけて道路を碁盤の目のように整備し、それぞれの拠点駅周辺に超高層ビル開発を進めることが政府によって重点的に目指されるようになりました。当時、ウォーターフロントとして臨海部再開発が注目されましたが、一挙に行われるこの連立化事業計画はいわば「レールフロント」として作用させようとされていたのです。既存市街地の再開発には巨大な金が動く宝の山でもありました。

政府は事前に法と制度を整備してゆきます。1986年には私鉄の複々線化事業を利用客の運賃値上げで資金をまかなう「特定都市鉄道特別措置法成立」が成立。一方、1987年の電電公社のＮＴＴへの民営化は10兆円もの売却利益を上げます。本来は国債の償還に充てるべきこの金を、中曽根政権はＮＴＴ資金法を作り、内需拡大と称して不動産開発事業にばらまき始めます。

その流れのなかで、1990年には、「東京鉄道立体整備株式会社」という第3セクターが設立され、これを受け皿にNTT株売却資金をも導入し、銀行、生保、損保の資金等の民間資本をも導入して、都心から近郊にかけての大規模再開発に踏み出そうとします。その最初の試みが小田急線の線増（複々線化）連続立体事業であり、西武池袋線の線増連続立体交差事業であったわけです。小田急沿線では経堂駅周辺と下北沢駅周辺が、西武池袋沿線では練馬駅周辺が超高層ビル群建設を含む大規模再開発地域として選ばれていました。


<strong>◆第3セクター「東京鉄道立体整備」への住民訴訟</strong>
この第3セクター設立に反対することで、市民運動の動きも再び活発になります。これまでの市民運動は小田急沿線の住民が中心でしたが、今回はもっと幅広く、東京の大規模再開発を見直そうとする動きにつながります。「東京鉄道立体整備株式会社」は、高架と抱き合わせの超高層大規模再開発の事業計画を全面に立ててその設立が宣言されていました。第3セクター設立にあたり、世田谷区や練馬区（西部池袋線の連立事業を抱えていた）、東京都が出資の臨時予算案を計上しましたので、市民運動はこの設立に反対し「行政は同社に支出するな」との論陣を張り、アクションを起こしました。

設立は1990年8月でしたが、9月に世田谷区は1億円の同社への出資予算を議会に提出します。福祉予算が抱き合わせなのを言い訳にしながら、それまでは高架に反対していた革新系各会派も1990年9月臨時予算に賛成してしまいます。既に保守系会派は高架計画に賛成していましたので、1990年9月をもって、全会派が高架計画を容認する事態に至ります。

市民運動側は世田谷区民・練馬区民を中心に「鈴木都政の都市計画をただす会」を結成します。9月に支出取り消しの監査請求を世田谷区、練馬区、東京都におこし、同年12月より「住民訴訟」として裁判を展開することになります。この裁判は裁判自体としては、いわゆる門前払いという形で敗訴しますが、法廷の論戦を通じて、バブル期の絶頂期に大規模再開発計画の縮小を実現させるという快挙を成し遂げています。同時に、3審とも前払い判決を受け、敗訴はしたものの、一審判決では判決文の中で地下化の優位性を認めさせるという成果も得、またこの訴訟を通じて各分野の専門家を市民側に結集することにも成功し、後の認可取り消し訴訟での一審勝訴への大きなステップとなっていきます。

そして、最終的には2000年にいたって第3セクターは事業成果をあげることもなく解散してしまうことになります。事実上、市民側は大勝利をえたのでした。


【関連サイト】
もぐれ小田急線：<a href="http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/">http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/</a>
（「小田急高架と街づくりを見直す会」ホームページ）


（クヤマ）]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>勉強会をやりました【その1】</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/2008/01/1.html" />
   <id>tag:www.stsk.net,2008:/activity/staffblog//1.13</id>
   
   <published>2008-01-05T15:24:25Z</published>
   <updated>2008-03-24T14:55:53Z</updated>
   
   <summary>さる07年11月23日、セイブ有志で集まって勉強会を開きました。下北沢の再開発問...</summary>
   <author>
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         <category term="勉強会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.stsk.net/activity/staffblog/">
      <![CDATA[さる07年11月23日、セイブ有志で集まって勉強会を開きました。下北沢の再開発問題ってすごく複雑だし、運動の展開もユニークです。だから、メンバーがいろいろと気になることを調べてきて発表しあえば、自分たちのむきあっている問題についてより深く知ることができるはず…。そんな思惑のもとに、勉強会を開くことにしたんです。

第一回のテーマは、「小田急線跡地問題と連続立体交差事業」。プレゼンターは、小田急線沿線の再開発の問題をずっと追って来られた<a href="http://www.ne.jp/asahi/setagaya-kugikai/mutouha-shimin/">世田谷区議会議員・木下泰之さん</a>です。議論は、「下北沢再開発問題の起源はなんと1960年代にあった！」というところから、「小田急が地下になったあとの地上を公共利用できないか？」というところまで及びました。

勉強会での話の内容を、これから全5回にわたってスタッフブログでお届けします。
ちょっと難しい政治のお話になりますが、ご興味のある方はぜひ読んでくださいね。


<strong>1．小田急線高架問題の長い歴史（前編）</strong>
<strong>◆45年前から始まった小田急問題</strong>
今を去ること45年前、1962年の運輸省都市交通審議会は、現在の千代田線を代々木八幡から淡島通り・世田谷通りを経由して喜多見で小田急線と接続する地下鉄を新たに作る計画を答申しました。東京郊外の住宅地化が進んだため、京王線や西武線を含めて地下鉄網を郊外まで延ばそうという計画があったからです。

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しかし、この計画を聞いた私鉄各社は嫌がります。なぜなら、郊外から別線である地下鉄に分岐しては、お客を地下鉄に取られてしまい経済的なダメージを受けると考えたからです。そこで、小田急を筆頭に私鉄各社は地下鉄を自分たちの鉄道に作ってほしいと運輸省に圧力をかけました。運輸省運輸政策審議会はそれを受け入れ、千代田線は小田急線と代々木上原で合流し、喜多見まで千代田線は小田急線に張り付いて走る計画に答申を変更し、1964年12月には、この変更に基づき都市計画決定がなされます。

その後、1969年に建設省と運輸省が協定を結び、都市部における私鉄を立体化するために道路特定財源（ガソリン税等）を使って行う制度を確立しました。これがいわゆる「建運協定」（正しくは「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」）と呼ばれるものです。


<strong>◆建運協定と世田谷区議会の地下化決議</strong>
小田急線の複々線化の事業は、「建運協定」に基づく「線増（複々線化）連続立体交差事業」という政府資金（道路特定財源）による公共事業という枠組みを得て、初めて動き出すことになるのです。

このとき、小田急側は下北沢も含めて「高架複々線化」を提案しました。しかし、すでに1967年には東京都は美濃部革新都政となっており、また1968・9年の学生運動等の激動の年を経て、1970年は公害国会の年でもありました。環境問題について人々の関心が高まる中、騒音被害や日照被害に反対するため、小田急線の高架反対運動は盛り上がりを見せました。下北沢地域は、その運動の中心でした。

1970年9月に地下化を求める約3万5200名の請願署名が区議会に提出され、この請願署名を受け、同年12月に世田谷区議会は全会派一致で地下化決議をあげ、東京都や国に世田谷区内を通る高速鉄道の複々線化は地下化で行うことを要望しました。

危機感を感じた高架推進派は高架促進を都知事に陳情し、5月に「小田急工事対策会」を発足させます。また、同時期に地下化推進派は、下北沢の一番街商店街を中心に沿線住民も加わって「緑と太陽を守る小田急地下鉄化推進の会」（後に「小田急沿線住民の環境を守る会」（筧勇一会長）となる）を結成します。1972年3月には代々木上原駅を高架複々線とする工事が着工され、7月には日本列島改造論を引っさげて田中角栄内閣が登場しています。不動産開発ブームが訪れましたが、地下化推進運動の動きは活発で、1973年2月には「東北沢地域住民の環境を守る会」が、11月には「土地不売同盟」が発足するなどし、署名を集め区議会や東京都に請願を繰り返したところ、世田谷区議会は同年11月に再度地下化決議を全会派一致であげるというところとなりました。
こうした動きの中、世田谷区内の高架化に向けた活発な動きはしばし鎮静化していきました。


<strong>◆高架・地下の問題が下北沢の主要問題だった</strong>
ところで、なぜ鉄道を高架にすることが問題なのでしょう？それは、何よりも高架になると、騒音が鉄道運線の住宅地にばらまかれ、日照被害も与える等、住環境の面で大きな問題があるからです。
連続立体交差事業は踏切解消のための事業と思われがちですが、ガソリン税等の道路特定財源を投入して、鉄道を高架あるいは地下化にし、合わせて鉄道に交差する道路を増やし、なおかつ駅前にロータリーを作ったり駅ビルを建てたり、周辺を高層化していくことがセットにして計画されている事業なのです。

当時はそのような正確な認識が運動側になかったのは確かですが、電鉄側が主張する高架計画をそのまま通してしまうことは、電鉄主導の（実際は行政主導でもあるのですが、当時はそうおもわれていました。）駅前の大規模再開発をそのまま認めることになります。下北沢では小田急電鉄が井の頭線の上を地上23ｍで交差する高架事業計画を提示したこともあり、小田急資本の大規模駅ビルに下北沢の商店主たちは反対していました。

また、当時は、連続立体交差事業で地下化の例はほとんどなく、高架実施の圧力が強かったということもあり、高架計画を転換させることで環境重視の都市計画に全体を転換させるという漠然とした展望を運動側は持っていました。

下北沢一番街商店街等は1987年に補助54号線の凍結決議をあげていますが、商店主や住民のもっぱらの関心は小田急線が高架になるか地下になるかでした。


<a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/001_mini.jpg"><img alt="001_mini.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/001_mini-thumb.jpg" width="300" height="225" /></a>


※写真は1987年（昭和62年）発表の「下北沢都市高速鉄道9号線（小田急電鉄小田原線）の高架化・複々線化計画について（東北沢～和泉多摩川駅間）」（小田急電鉄株式会社）に記載されている、下北沢高架化の鉄道計画図。クリックすると大きな写真が開きます。


【関連サイト】
もぐれ小田急線：<a href="http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/">http://www.bekkoame.ne.jp/~fk1125/</a>
（「小田急高架と街づくりを見直す会」ホームページ。かなり詳細な情報が載っています。）
連続立体交差事業についての解説：<a href="http://www.stsk.net/situation/renzoku.html">http://www.stsk.net/situation/renzoku.html</a>
（「セイブ・ザ・下北沢」のホームページ）


（クヤマ）]]>
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   <title>ピュアロードのフリマに出店してきました</title>
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   <published>2007-12-05T14:23:30Z</published>
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      <![CDATA[こんちは。スタッフのおすぎです。


<div style="float:right; margin:5px; font-size:smaller;  width:180; height:119;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/DSC_03830001.jpg"><img alt="DSC_03830001.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/DSC_03830001-thumb.jpg"/></a></div>こないだの日曜日にピュアロードのフリマに出店してきました。

下北沢南口を少し歩いて餃子の王将の前の通り、そこがピュアロードです。

全長100メートル少々の通りで、不思議本屋ONELOVEBOOKS、古道具KENSINGTON、美容セピア倶楽部など個性的なお店が並ぶおもしろストリートです。


ちょうど12/2の天気は晴れ。スタートはシモキタらしく12時から。寒くも無く快適な温度でお客さんもそこそこの出足。

<div style="float:right; margin:5px; font-size:smaller;  width:180; height:119;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/DSC_03850001.jpg"><img alt="DSC_03850001.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/img/DSC_03850001-thumb.jpg" width="180" height="119" /></a></div>

出店しているのはお店の人や洋服持ちのお姉さんなど約20店舗か。

“Save the 下北沢”は魚真の前の通りの一番奥（って裏じゃん！！）でひっそりと地道にやってました。

一番のおいら的目玉商品はMAXONのD＆SⅡってエフェクターとGジャン（男性用）でした。

向かいの古道具屋のお兄ちゃんがD＆SⅡに興味津々！！しかしお店の開店準備に手間取りその後来た若者にお買い上げされてしまう。500円なりー。Gジャンはなかなか売れず後半提供者が来るが売れず・・・。


<div style="float:right; margin:5px; font-size:smaller;  width:180; height:119;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/DSC_03860001.jpg"><img alt="DSC_03860001.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/DSC_03860001-thumb.jpg" width="180" height="119" /></a></div>

なんだかんだ夕方五時半までやって撤収。

ミュージシャンが歌を歌ったり、お笑い芸人が芸をしたりといろいろパフォーマンスもあり楽しめるフリマでした。

あ、そういえば“Save the 下北沢”の代表下平が最近押している芸人さん『<a href="http://moeyan.jp/">モエヤン</a>』も出てました。

いつものあのネタで・・・。

前回やった下平の「文壇将棋名人」は下平氏がバックギャモンの大会でベニスに行っているため無しでした。 




次回、ピュアロードのフリマは3/2みたいです。

また出れるといいな。

お杉でしたー。 
 <br />


次回は、代表下平の「ベニスを見て」です～。


<div style="float:left; margin:5px; font-size:smaller;  width:180; height:119;"><a href="http://www.stsk.net/activity/staffblog/DSC_03870001.jpg"><img alt="DSC_03870001.jpg" src="http://www.stsk.net/activity/staffblog/DSC_03870001-thumb.jpg" width="180" height="119" /></a></div>

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（おすぎ）]]>
      
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