※寄せられた順、敬称略
下北沢はロックに酔いしれてた田舎の女子高校生にとって
ずっと憧れの街だった。
いつかロックの聖地へ、ギターをしょい込んで歩いてみたいと、
想い描いたものだった。
大学生になった彼女にとって、
下北沢は憧れから、慣れ親しんだ大切な親友のような存在になっていた。
彼女が、恋やおしゃれを楽しんでいるとき、お酒やおしゃべりを楽しむとき、
就職活動で苦しんでいるときも、下北は、いつも受け入れてくれたのだ。
彼女が大好きな、まちの人々の自然な生活の息づかいが
やさしく感じられる下北沢が、
現在、一部の、下北沢へ一度も来たこともないようなエゴイストによって、
踏みにじられ、破壊されている。
すごくかなしい。
失ってから気づいて懐かしがる前に、いま思いとどまってほしい。
彼女が大人になったら、下北沢はどんな存在になっているのかな。
どうか、壊さないで。守って!セイブ!
下北沢という街が大好きです、
懐かしくて温かい感じ、
自分にとっては家のような存在です。
下北沢に来ると、あぁ帰ってきたんだな、
とほっとします。
今は訳あって街から離れて住んでいるけれど、
来年の2011年の初頭にはまた下北沢に戻る予定です。
自分の大好きな街が壊されていくのを傍観だけはしたくないので、
来年からは自分のできる範囲で活動に参加していきたいと考えています。
応援しています、がんばってください。
LADY JANEがもうすぐなくなるという話を聞いて、本当にショックを受けました。
急に、再開発の話がリアルなものとして、改めて実感されました。
思うに、再開発の話やそれに対する印象は、
長期化に従って人々の心から徐々に薄れていっているのではないでしょうか。
なんとなくこのまま、有耶無耶になるのではないかと楽観視している人や
どうせもう何を言ってもだめ、と諦めている人も多いと思います。
実際に、自分がそうでした。
でも、まだもしかしたら間に合うのかもしれない
実際に動いてしまってからではもう遅いのだから、
今、自分に出来ることを出来る限りやっていきたい、
そう思いました。
注:「LADY JANE」に関しましては、一旦はそういった話がありましたが、景気の悪いご時世に大家さんが考えを改め、お店はそのまま続くことになりました。現状は閉店や移転などの心配はないようです。
私は下北沢に育ちました。勉学の為にこの場を離れるまでずっと住み続けた愛着の有る場所。
漬け物屋さん、青果屋さん、干物屋さん等が立ち並ぶ小汚くて薄暗い商店を母に連れられて歩いたものです。しわしわの手をしたおばあさんが寒い冬でもぬか漬けを素手で手づかみして袋に入れてくれる姿が、今でも脳裏に焼き付いています。そんな薄暗さが私の下北沢。相対して、ミュージシャンや劇団員がうろつくざわついた楽しい雰囲気を持つのもまた下北沢。
しかし毎度帰る度にその雰囲気がどんどん喪失され、こざっぱりした町へと変貌をし続けているののを感じます。何処の町とも変わらないような姿にする意味は何処に有るのでしょうか。
故郷を故郷の味のままで残してください。
下北沢には父の実家があります。
去年の末、祖母が亡くなり15年ぶりに親戚が集まりました。
下北を歩いていると幼かった頃を思い出します。
懐かしい気分になれて、ほっと安心できる下北が好きです。
街の風景、歴史は一度なくなってしまうと
取り返しがつきません。
下北は東京遺産といっていいくらい
ずっとずっと残すべき場所です。
下北沢がなくなるのは嫌です。
下北沢は学校みたいな所。
下北沢でたくさんの友達ができたし、
たくさんの事を学んだ。
大好きなSHOPもたくさんある。
小田急の新しい駅が下北沢にあうわけがない。
原宿や表参道のような街はもういらない。
緑化だっていろんなやり方がある。
たくさんの思い出とエネルギーが詰まった町をこれ以上消さないで
将来、下北沢に住むって夢もけさないで
応援してます。頑張って下さい
何かお役にたてたらいいのに
悲しいときは下北沢をただただ歩き、すれ違う人や店の雰囲気に慰められます。
下北沢は私の癒しです。
下北沢で沢山の人と出会いました。音楽をする人、絵を描く人、
こんなにたくさんの出会いがある街は下北沢だけです。
どうかこのまま保ってほしいです。
応援してます。
下北沢「再開発」は、石原都政と小泉改革の醜悪なコミュニティ破壊だと思います。
下北沢を巨大道路で分断。
高層ビルを建てるための条件がそろうが、実は道路はわずかな距離だけ。
短い帯のような幅広い道路は、高層ビル建設を可能にする仕掛け。
こんな計画に道路特定財源が投入。スズナリも道路予定地。
こんにちは!
某デザイナー(男子)が友人で、この問題を知りました。
沖縄も、全国でも、いろんな問題がいっぱいですが、
「愛する場所の懐かしい風景」を失いたくない気持ちはどこも同じだと思っています。
「イヤな事はイヤ!」と表現できる人達にリスペクトを込めて、
子供達に少しでも良い方向に動かしてから未来のバトンを渡したい1人として
応援メッセージを送らせてもらいます!
楽しく、大事に、頑張ろう〜☆
こんにちは!!
私は、下北沢にある「下北っ子居酒屋とりとんくん」という居酒屋から誕生した「劇団とりとんくん」という劇団に所属しています。
元々下北沢の高校出身で下北沢の町の緊張感の無いゆるりとした雰囲気と、下北沢に居る夢を持ったキラキラした人達が大好きでこの町に住みたいと思い、高校卒業後に引っ越してきました。
少しずつ街の雰囲気も変わりつつあると思います、古いものを大事にしてるからこそできるこの下北沢の独特なゆるい雰囲気を壊す事を私はとても悲しく残念に思います。
私の所属している劇団とりとんくんは下北沢を拠点として毎週日曜日に下北沢駅周辺で路上パフォーマンス(路上劇)をして活動しています、
良く、パフォーマンスを見に来て下さるお客さんに「下北らしいね〜。」と言われるんですけどその言葉がとても嬉しく思います、下北沢だからこそできる私たちの活動です。
私達もこの町を守る為に何か力になりたいです。
下北沢で夢を追う若者の代表として戦いたいです。
宜しくお願いします。
先日、映画を見にたまたま友人と下北沢を訪れ、その際に街頭のポスターで
皆さんの活動を知りました。
下北沢は初めてですが、古い路地やレトロで素敵なお店が残っていたりして、
とても絵になる街という印象を受けました。
(特に北口の商店街には感動しました!タイムスリップしたよう‥‥)
この街がいつまでも残っていくよう、私も何かできることをしたいです。
頑張ってください。心から応援します。
バブル時代に田舎から東京へ出て来た私が落ち着く場所。それは、下北沢でした。
もう20年も昔の事ですが、6年間、下北沢周辺に住んでいました。
自転車で良く、走り回り、沢山の友人が出来た下北。。。懐かしい。
下北沢は、私の青春です。どうか、いつまでも昔のままの下北沢であって欲しい。
遠くからですが、皆様を応援しています。
下北沢に住んでいたことはないし、自分自身まだ十数年しか生きていない若造です。
でもわたしは小さい頃から
この“魅力のかたまり”と言える、このまちへ繰り出すことが、
本当に本当に大好きでした。
何かのきっかけで、ほんの好奇心で、一人で小田急線を降りてみた、以来。
休日は身体が下北をほっして、ビタミンが欠乏しているような、
無性に出掛けたくなることもしばしばです。
歩いてるだけで気分がわくわくして、まちを構成するすべての一齣が愛しい。
【下北沢】というセンスほど自分にしっくり来る場所はないと、
断言できます。
もちろん私は10代で、十分なおとなではありません。
でもわたしにも、わかることがあります。
このまちは、このまちを愛する人々のなかで
呼吸をして鼓動を打って体温を持って、生きている。
ほんとうに。
このまちを殺さないでほしい。
下北沢は、唯一無二の場所です。
代わりなんて、何処にも、ない。
稚拙な文章ですがここに自分のきもちを書けて、よかった。
わたしにできることがあれば、喜んで参加したいです。
先日、駅前で著名しました。
私の人生初署名です。
乱暴な話だと思います。
エゴだとすら感じます。
投げ出して、壊して、新しくしてしまうことはとても簡単なこと。
でも、守って育てていくことはとても大変で勇気がいることです。
リセットボタンを押したら、物理的には最初から始められるかもしれない。
でも、それまでの・・・街の、人の、記憶や心はどこへ向かうのでしょう。
鉄道会社の人、でもなく
国の偉い人、でもなく
本当に下北沢と生きている人たちが、下北沢の行く末を決められない。
そんな悲しいことが、どうか起こりませんように。
「下北沢のあれ、署名したよ」
夜、居酒屋に集まった仲間4人に話したところ、全員署名済みでした。
下北沢、不思議な場所ですね。
都心なのに、どこの街とも全く違う。
風や空、緑がいつも傍にある街です。
私が好きなのは実家のある田舎を思い出すからです。
応援しています。
初めまして。
私は、下北沢に2度しか行ったことがありません。
1年前とついこの間も行きました。
舞台も雑貨も洋服も好きで
東京に行ったら絶対行こうと思っているところです。
ただついこの間行ったとき工事が1年前より大規模になっていて
前行った雑貨屋さんもなくなっていました。
何度も何度も
見つけようとしても見つからなくて
悲しくなりました。
東京にあのような落ち着ける町は絶対
必要だと思います。
親しみのもてる下北沢にしかない
お店や小さな小劇場
これは失ってはいけません。
遠い京都からですが、
わたしも参加したいと思います。
私は神戸の塩屋町という町に住んでいます。
バス路線も信号も無い小さな町ですが、山と海と洋館と路地と昭和そのままの小さな商店街があり、歩くのが楽しくなる町です。
最近この町にも防災・安全を名目として自動車優先の道路拡幅計画が持ち上がっています。
このたび偶然こちらのウェブサイトを知り、人事とは思えず署名させて頂きました。
どうか皆さんの愛する下北沢を残してください。
陰ながら応援しています。
大好きな、憧れの下北沢が徒歩圏内になって嬉しかったのは、
下北沢が、歩いて楽しい街だから。
何度も行かなくてはわからない下北沢。
何度も行くごとに好きになってしまう下北沢。
歩くルートによっていつも違う楽しさを見つけられる下北沢。
そんな下北沢をずっと守っていきたいです。
人々にとって、東京にとって、絶対に失くしてはいけない風景です。
もうこの世にはいませんが、
祖母も下北沢が大好きでした。
雑多といわれるかもしれないし、ごちゃごちゃだと思う人もいるかもしれない。
けれど、この街は、この街だからこそ、美しいと思うのです。
せっかく今まで生きてきた下北沢の街、
決して決して、壊されるべきではありません。
最初に下北沢にきた印象は「古さと新しさの心地よい融合」と呼べるものでした。
決して、歩き易い土地ではありませんが(昔は茶畑だったそうで・・・)狭い路地でもお互い譲り合いながら歩くなんて場所ってなかなかないものです。
世田谷と云う土地柄の「自由」「柔軟な精神」「芸術を愛する」を最も「象徴」する場所にも関わらず、それと相反する精神を人々に押し着せるのは、むしろ「東京都の観光資源を潰す」になりはしないでしょうか?
この土地を実際歩いてみた感想としたら「ここに道路を建設すれば私達が思う以上に血税を払い、なおかつ、この不況を払いのけるだけのメリットにはならない」と思います。
当然、住民にとってのメリットなんて考えていないから建てられた計画のようですが。